イベントレポート: 国際協力から生まれるソーシャルビジネスの可能性―海外協力隊経験が開く新しい挑戦|JICA BLUE CARAVAN@TOKYO
2025.12.26|イベント お知らせ レポート

2025年12月10日、東京都のTIB(Tokyo Innovation Base)にて「JICA BLUE CARAVAN@TOKYO」が開催されました。会場とオンラインのハイブリッド形式で実施され、約300名の方が申し込みをされました。当日、開場には約80名の方が足を運んでくださり、オンライン参加含めて多くの方にご参加いただきました。イベントは盛況のうちに終了しました。
第一部ではJICA青年海外協力隊事務局長の大塚卓哉氏、JICA BLUE運営事務局を務める株式会社ボーダレス・ジャパン(以下、ボーダレス)の代表取締役社長、田口一成氏、モデレーターとしてボーダレスアカデミー代表の半澤節氏が登壇しました。「国際協力から生まれるソーシャルビジネス」をテーマとしたトークセッションでは、JICA海外協力隊経験者(以下、OV)が、国際協力の経験を通じて培ったアントレプレナーシップをJICA海外協力隊終了後にどのように発揮できる可能性があるのかについて、様々な観点から議論が行われました。
第二部では「JICA BLUE Impact Award」と題し、JICA BLUE Academy(OVを対象にした社会起業家育成伴走プログラム)に参加した1期生2名、2期生3名の計5名がビジネスプランピッチを実施しました。熱量あふれるプレゼンテーションに会場もオンライン参加者も盛り上がりを見せました。
本記事では、当日の様子をお届けします。
開会の挨拶―帰国後の社会還元が本番
イベントの冒頭では、JICA理事の小林広幸氏がオープニングスピーチを行いました。本年、JICA海外協力隊は60周年を迎え、累計派遣隊員数が5万8,000名を超えたことに触れながら「本イベントが参加者との共創の機会となることを期待している」と述べられました。

第一部:トークセッション「国際協力から生まれるソーシャルビジネス」
第一部では、「国際協力から生まれるソーシャルビジネス―協力隊経験が開く新しい挑戦」をテーマに、JICA青年海外協力隊事務局長の大塚卓哉氏、株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長の田口一成氏、ボーダレスアカデミー代表の半澤節氏の3名によるトークセッションが行われました。

JICA海外協力隊×ソーシャルビジネスの可能性
大塚氏は、協力隊経験者の起業状況について、「5年前は1.5%だった起業率が、現在は3%に増加している」と紹介。ソーシャルマインドを持つ隊員たちが、ビジネススキルを身につけることで、さらなる可能性が広がると語りました。
田口氏は、協力隊経験者が持つ起業家としての素質について、「協力隊に参加するという決断自体が、周囲の反対を押し切って自分の想いを貫く強さの表れ。ソーシャルマインドと意志の強さ、この2つを兼ね備えた協力隊経験者には、社会起業家としての高い素質がある」と話しました。
さらに、田口氏はボーダレスで新設した「グローバルキャリアコース」を紹介しました。この制度では、ボーダレスで1年間働いた後、協力隊に2年間参加し、帰国後は100%復職できるという制度で、「世界を知った人材が、その経験を事業に活かす仕組みを、協力隊とともに模索していきたい」と語りました。
海外協力隊”ネットワーク”の強み

大塚氏は、協力隊の強みとして「ネットワーク」を挙げました。「同期は約230人で横のつながりがあり、派遣国での縦のつながり、そして170を超える職種での職種別のつながりもある。5万8,000人のネットワークは計り知れないほど強力で、これをソーシャルビジネスに活かせば、相当な社会貢献ができる」と力強く語りました。
また田口氏は、起業家を増やすために必要なものとして「ロールモデルとコミュニティ」の2つを挙げ、「協力隊を経て起業し、苦労を乗り越えて成功した具体的な人の姿が見えてくることで、協力隊経験後の起業が当たり前のキャリアパスになる」と語りました。
これからの連携の可能性
トークセッションを通じて、JICAとボーダレスをはじめとした民間企業とのさらなる連携の可能性が議論されました。大塚氏は「まずビジネススキルを磨いてから協力隊で実践する」「協力隊活動後にビジネススキルを学ぶ」という2つのパスに加え、「派遣中にオンラインでアドバイスを受けられる仕組み」があれば、さらに可能性が広がると提案しました。
来場者からは、「どのような思いで事業をしているのか、暮らしを仕事にする上でのやりがいや苦労を聞けて、すごく学びがあった」「協力隊とソーシャルビジネスの可能性を実感できた」などの声が寄せられました。
第二部:JICA BLUE Impact Award―5組の社会起業家によるピッチコンテスト
第二部では、「JICA BLUE Impact Award」と題し、JICA BLUE Academyの社会起業家育成伴走プログラムに参加した1期生2名、2期生3名の計5名がビジネスプランを発表しました。審査は社会性、事業性、起業家力の3つの評価軸で行われ、最優秀賞と審査員特別賞が選ばれました。
<審査員>
・田口 一成氏(株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長)
・半澤 節氏(ボーダレスアカデミー代表)
・小林 広幸氏(JICA理事)
・大塚 卓哉氏(JICA青年海外協力隊事務局長)

1. 清水良介氏(マラウイ共和国2016年度1次隊)
「学んだスキルを仕事に変える―世界で通用するデザイナー育成アカデミー」

清水氏は、村落開発普及員(現コミュニティ開発)として活動した際、「デザインが良ければもっと売れるはず」という商品に数多く出会い、帰国後すぐにマラウイに戻りデザイン会社(Design and Printing PLUS Limited)を起業し、7年間事業を行っています。
マラウイには約5,300人以上のデザイナー志望者がいると想定されるものの、デザインを学べる学校がほとんどなく、約80%が独学という現状があります。清水氏は、基礎から実践までを学べるデザイン教育プログラムと、卒業後に仕事を提供する「教育と仕事の一体型モデル」を提案しました。

特徴的なのは「恩送り奨学金制度」です。入学時に学費2万円のうち1万円を支払い、卒業後にアカデミーから受注した仕事の報酬から残りの1万円を返済する仕組みで、「稼げるようになった卒業生が、自分が受けたチャンスを次の世代へつないでいく、教育の機会を連鎖させる仕組み」だと語りました。
5年間で200名のデザイナーを育成し、月1万5,000円以上稼げる若者を増やすことをソーシャルインパクト(※)として目指しています。
※ソーシャルインパクト:ビジネスや活動を通して解決したい社会問題に対して与える影響のこと。
2. 渡邉亜美氏(マラウイ共和国2017年度1次隊)
「マラウイから広がる、HIV理解の輪をつくる物販事業」

マラウイとミャンマーで非営利活動をする任意団体AfricAsiA(アフリカジア)理事長の渡邉氏はマラウイで約8年間HIVケアを続けています。ケアを続ける現場の中で、医療面は改善されてきたものの、HIV陽性者の多くが孤立と孤独感に苛まれている現状に直面しました。「これまでの支援される立場ではなく、共に社会を作っていく立場」として、HIV陽性者を含めた女性たちが石鹸を製造し、それをブランドとして販売する事業「Her HIVE(ハーハイブ)」を提案しました。
石鹸製作は誰でも、そして、いつでも簡単に作ることができるため、HIV陽性者の方々の心理的・社会的要因を解決できると説明。マラウイ国内のホテルへの販売を中心に、3年で400万円の売上を目指します。また、利益の10%を村の非営利活動に使うことで、「理解の輪」を広げていく計画です。

「生産者から社会へ理解の輪を作っていきたい。HIV陽性者の明るい未来を一緒に目指しませんか?」と力強く呼びかけました。
3. 川崎芳勲氏(ウガンダ共和国2014年度1次隊)
「ウガンダにおけるクリエイティブ人材育成事業と雇用創出」

映像や写真、ウェブサイト制作を行うクリエイティブエージェンシー「株式会社NeBonga(ネボンガ)」の代表を務める川崎氏は、ウガンダでの課題解決に取り組んでいます。
ウガンダでは大卒者の就職率はわずか2%程度。一方で、全人口の83%が39歳以下という圧倒的に若い人口構成と、英語が公用語であるため欧米諸国との取引が可能という強みがあります。川崎氏は、映像・写真を学ぶハイブリッドプログラム、Creative-Hubの運営、キャリア支援という3つの事業を通じて、学びから仕事までを一貫してサポートする仕組みを提案しました。

「挑戦は、人を駆り立てる。」という信念のもと、3年間で100名のプログラム修了と、修了者の約70%の雇用創出を目指します。「アフリカのクリエイティブな未来を一緒に作っていける仲間を増やし、可能性のある社会を作っていきたい」と語りました。
4. 大橋恵美氏(カンボジア王国2014年度1次隊)
「『妊婦だから』で諦めない『わたし』主語の納得する出産―助産師による継続ケア事業」

助産師として活動する大橋氏は、カンボジアでの協力隊活動を経て、現在は埼玉県深谷市ですずかけ助産院を開業しています。
出産をストレスフルだと感じる女性は約3分の1、そのうち4%が産後PTSDを発症するという現状があります。ストレスフルに感じる要因の一部でもある、妊娠中の腰痛や便秘などのマイナートラブルは、医学的には異常ではないため「仕方ない」と済まされることが多く、妊婦は不安を抱えたまま出産に至ります。
大橋氏は、「妊娠中から心と体を整え、産後まで継続的にサポートが受けられる助産師による伴走型システム」を提案。病院で出産する99%の妊婦に、助産師による継続ケアを届けることを目指しています。

出産子育て応援金の10万円を活用できる価格設定で、妊娠中5回の個別相談、妊婦同士の繋がりを作る5つのクラス、産後のケア、2週間健診、2ヶ月健診までをパッケージ化。「すべての妊産婦に助産師のケアを、そして子育て支援のど真ん中にポジティブな出産体験を」と熱く語りました。
5. 安田一貴氏(ウズベキスタン共和国2011年度1次隊)
「病気や障がいのある子どもたちとその家族へ届ける心に残る写真撮影体験」

安田氏は、ウズベキスタンの子ども病院で活動した際、写真の力に出会いました。日本に帰国後、重度の障がいのある子どもを育てる家族から「家族写真が1枚もない」という言葉を聞き、病気や障がいのある子どもに特化した出張写真撮影事業(笑顔の向こうに繋がる未来プロジェクト PLAY&PHOTO Studio)を始めました。
日本には医療的ケアが必要な状態で在宅で生活をしている重度障がい児が2万人以上おり、その子供と家族の多くが「周りに迷惑をかけるのでは」という心理的ハードルから、当たり前の体験を諦めている現状があります。安田氏は、理学療法士としての経験を活かし、自宅や施設での撮影をはじめ、バリアフリーの衣装やヘアメイク、外出撮影のサポートまで幅広く提供しています。
特に印象的だったのは、ある9歳の男の子のエピソードです。生まれてから9年間で家族5人で外出したのはわずか2回。その2回とも、安田氏の撮影がきっかけでした。「写真はただの記録ではなく、家族の挑戦や思い出作りにつながる最初の一歩」だと語りました。

今後はサブスク型の撮影も展開し、日常を定期的に記録することで、「先が見えにくい子どもたちの成長を一緒に見守り、喜び合う伴走の形」を目指します。最後に「誰もが主役になれるバリアフリーのフォトスタジオを作ることが夢」と語り、会場を感動で包みました。
審査員講評
5名の発表終了後、審査に入る前に大塚局長と半澤代表から講評がありました。
大塚氏は、全員に共通する点として「隊員活動経験をしっかり生かされている」ことを挙げました。「隊員活動期間中に社会課題を見つけ、それを持続可能な形で解決しようとする海外での活動もあれば、現地での経験を生かして国内でその課題に向き合うという取り組みもある。どれもこれも感動しました」と、国内外での多様な取り組みを評価しました。
半澤氏は、「圧倒的なリアリティと行動力を感じた。これからが本番で、事業を進める中でモデルをピボット(変更)していくシーンがたくさんあると思うが、それを乗り越えていくための力を今日皆さんが証明してくださった」と登壇者たちを称えました。
一方で、実践的なアドバイスとして「最後の巻き込みの工夫」を指摘。「例えばメールアドレスで終わらせるのか、QRコードにするのか。些細なことかもしれないけど、その場でフォローできるかどうかが変わる。この細部を詰める力が最後起業家の成否を分けていく」と、細部へのこだわりの重要性を伝えました。
また、半澤氏は登壇者を支える仲間たちの存在にも触れ、「同期がLINEで『誰々さんのピッチ始まりました』と応援し合う姿に感動した。自分が立ちたかった舞台でチャレンジする仲間を純粋に応援できる関係性が、何よりも起業家を支える力になる」と、協力隊ネットワークの強さを改めて強調しました。
審査結果発表
審査員特別賞:安田一貴氏

田口氏は審査員特別賞の理由について、「全員が接戦だった中で、安田さんの『写真がお母さんにとって掛けがえのない宝物になる』という気づきから始まった事業に感動しました。売上規模や社員数とは違う価値軸があり、こういうことを丁寧にやっていく人が社会の豊かさを作っている尊い活動だと思いました。」と評価しました。
安田氏は「写真の技術というよりも、出会った子どもたちがここに立たせてくれている。その子たちに恥じないよう、もっとたくさんの子どもたち、家族に届けていきたい」と感謝の言葉を述べました。
最優秀賞:清水良介氏

小林理事は最優秀賞の理由について、「課題の捉え方に圧倒的な視点がありました。『なんだこのデザインは』という発見と、10年間の粘りがビジネスモデルに表れていると思いました。現地の状況に合わせた細やかなシステムができていると感じました。」と評価しました。
マラウイからオンラインで参加した清水氏は、「アフリカで起業するのは孤独だったが、JICA BLUEで仲間やメンターに何度もビジネスプランを聞いてもらい、このプランは自分一人で作ったものではない。せっかく賞もいただいたので、絶対に形にできるよう頑張ります」と決意を語りました。
ブース出展者の紹介
会場では、JICA BLUEプログラムに参加した1期生・2期生の3名がブース出展を行いました。
江田慶子氏(株式会社イエラアフリカ):ブルキナファソのトゥアレグ族が作る伝統的なシルバージュエリーを日本で販売

小林結花氏(Melanger Etranger/メランジェエトランジェ):アフリカ布を使ったロリータファッションブランドを展開

梅谷菜穂氏(株式会社siimee/シーミー):ラオスの手織り布を使ったアパレルブランドを運営

今後の展開
JICA BLUE Academyの3期生募集が当日より開始され、2026年1月12日まで募集しております。次回のJICA BLUE CARAVANは、2026年2月13日に愛知県で、3月には兵庫県で開催予定です。
▼JICA BLUE Academy 3期について
https://blue.jica.go.jp/program/
また、オンラインイベントも毎月開催されていますので、詳細はJICA BLUEのホームページをご確認ください。
イベントを終えて
本イベントには約300名の申込があり、協力隊経験者だけでなく、現役隊員、協力隊を目指す方々、民間企業や自治体関係者など多様な参加者が集いました。
第一部では協力隊経験者の起業率が5年間で倍増している現状が共有され、第二部では5名の起業家が協力隊経験から見出した社会課題への挑戦を語りました。参加者からは「圧倒的なリアリティがあり、任地への愛が伝わった」「誰かのために事業をやり続ける姿勢に感動した」という声が寄せられました。
特に本イベントから様々な立場の参加者が自身のキャリア観などに影響を受けた声が多くありました。協力隊未経験者からは「協力隊への背中を押された」「将来海外協力隊になりたいと強く感じた」、現役隊員からは「帰国後も現地と関わり続ける先輩方に刺激を受けた」「本当に起業してもいいという気持ちになった」、協力隊経験者からは「自分の協力隊経験を見つめ直すきっかけになった」という声が届きました。
JICA海外協力隊発足60周年という節目の年に開催された本イベントは、5万8,000人のネットワークと民間の起業支援の知見が融合することで、協力隊経験が日本と世界の社会課題を解決する大きな力になるという可能性を、多くの参加者が実感する機会となりました。
あなたの想い、今こそ世界を変える力にしよう。
JICA海外協力隊起業支援プロジェクト(BLUE)は、JICA海外協力隊経験者の皆さんの「想い」を形に変えられるよう、引き続き尽力してまいります。