一杯のコーヒーに溶け込んだ物語
2024.10.30| 国内起業
カフェがひしめく京都に3店舗のコーヒー屋を構える『Coyote』。中米エルサルバドルの生産者から直接豆を仕入れ、自社で焙煎をし、丁寧に淹れた美味しいコーヒーを日々届けている。コーヒーをいただく時、このコーヒーがどこから来て、どんな人々が関わってきたか。その一杯に溶け込んだ物語を想像すると、きっとコーヒーはもっと美味しくなる。コーヒーに、そしてコーヒーを作る人々に、誠実に関わり続けるCOYOTEオーナー門川さんの物語。
始まりは8トンのコーヒー
「オフィスも決まっていない、COYOTEという名前も決まっていない。でも生産地に余ってしまっていたコーヒーを8トン買っちゃったんですよね(笑)。最初にコーヒーが来たので、これをなんとかしなければという状態から始まりました」
コロナ禍で世界中がロックダウンしたその年にCOYOTEはスタートした。軒並み、世界中のカフェが閉まり、バイヤーたちが生産地であるエルサルバドルにコーヒーを買い付けに来ない状況。店や商社もリザーブしていた豆をキャンセルし、豆が生産地に余ってしまっていた。この状況をどうにか少しでも変えたい、その思いで彼は豆、8トンを買ってしまった。
「元からコーヒーのビジネスを始めることは決めていたんですが、そのタイミングが結構急に来てしまった感じです(笑)。8トンといっても、生産地を支えることができる量ではないんですけどね。でも繋がり続けることができたことに価値があったと思っています」
門川さんとコーヒー、そこにはたくさんのストーリーがあった。
広い世界が見たかった
「小学校の頃から親の影響でスピードスケートを始めて、大学生まで続けていたんです。マイナースポーツということもあり、なんとなく小さな業界で生きてきた感覚があって。やめたら好きなことをやりたいし、広い世界を見てみたいとずっと思っていました。大学3回生の時にスピードスケートを引退したので、そのタイミングでたまたま何か言語を学びたいとスペイン語を選び、それがきっかけでグアテマラに留学することになりました」
グアテマラに留学中、バックパッカーとして南米を回っていた彼は、コーヒーの農園へ観光で訪れることに。それが彼のコーヒーと共に生きる道の始まりだった。
「コロンビアで初めてコーヒー農園を訪れてみたんです。そこは観光客の方を受け入れてくださっている観光農園だったんですが、初めてコーヒーの生産風景を見ました。コーヒーを作る農園ってすごく標高の高い所にあって、急斜面で農作業をするってこと自体が大変で、しんどいだろうなということは分かっていたけれども想像以上のことをやっているんだなとシンプルにすごいと思いました。
今まで何気なく飲んでいたコーヒーが様々なプロセスを経て、いろんな人の手が加わって、今僕たちが飲んでいるコーヒーになるんだっていうことを肌で実感した。すごくロマンのある飲み物だなと思ったんですよね」
今まで何気なく飲んでいたコーヒーが、自然の中で手間ひまかけて育てられ、たくさんの工程を経て初めてコーヒーの豆として流通する過程を目の当たりにし、衝撃を受けた。程なくして、彼は帰国するとコーヒーに関わる仕事を求めて、コーヒー会社へと就職する。
「京都のコーヒー企業で営業マンとしてコーヒーに携わっていました。でも、美味しいコーヒーの魅力を伝えて販売するよりは、いかに売れる商品を買ってもらうかという仕事。そしてバイヤーもいかに売れる商品を安く仕入れるか、という話がメインになってくるので、結局、僕らは値段を下げるなど価格的なアプローチがメインになってくるんです。生産者のためになるようなコーヒーや、持続可能なコーヒーの産業の一部になればと思ってコーヒー業界に入ったのですが、値下げすることはその対局にある行動です。営業マン的な正解と、僕がやりたかったことのギャップをすごく感じながらやらざるを得ませんでした」
コーヒーという好きな商材を扱っているけれど、何のためにこの仕事をやっているのか分からない。そんな気持ちを抱えていたタイミングでたまたま見かけたJICA海外協力隊の募集。それはコーヒーの生産地であるエルサルバドルでのコーヒーの職種案件だった。コーヒーの生産地で仕事をしてみたい、そして生産地のことを学びたい、そう思っていた門川さんにとって応募しない理由はなかった。
コーヒーの生産地、エルサルバドルへ
「ニュースなどで見ると治安が悪い国だと言われている国ですが、行ってみると僕が知っている他の中米の国よりも割と温厚な人たちや人なつっこくて親切な方が多かった。危険を感じたこともないし、とても温かくていい国だなと思ったのが正直な第一印象でした」
2018年2次隊マーケティング隊員としてエルサルバドルのチャラテナンゴへと赴いた門川さん。元々、中米に数ヶ月滞在したこともあり、生活や文化に対するギャップを感じることなく、すんなりと現地に馴染んでいった。現地ではコーヒー農園での仕事以外にもインポーターの仕事や品評会の手伝いまで支援は多岐に渡ったという。
「僕のカウンターパートが、生産者組合の農園に一通り回れるように手配をしてくれて、その段階でいろんな農園を生産者と一緒に歩きながら説明してもらって、気になることは全部質問しました。生産風景を一通り一緒に見るという経験を何回も何回も繰り返していくと、各農園で共通してコーヒーのために絶対欠かさないこともあれば、生産者ごとによってちょっと違うことをやっていたり、そういう部分が見えてきました。
その中でちゃんとしたコーヒーを作るためには、こういう部分は絶対大事だよねとか、ここに関してはちょっと特殊だけどいい結果が出ているよね、みたいな結びつきがどんどん出てきました。生産風景から最後の液体(カップ)としてどのような結果が出るかというところまで一貫して見ることができる経験がずっとあったので、そのおかげで知識と経験になっていくのが早かったと思います」
元々日本にあった人間関係と豆のクオリティの高さで、門川さんがエルサルバドルにいる間に少しずつチャラテナンゴのコーヒーの輸出は増えていき、日本での認知度も広がり始めた。しかし、そんなタイミングで新型コロナウィルスの感染拡大の波が押し寄せ、彼もまたエルサルバドルでの任期満了を待たずして帰国しなければならないことになってしまう。
「これだけ頑張っている人たちのコーヒーをなんとかしなきゃなっていう思いがずっとありました。小さい生産地だけれど、いいコーヒーは作っている。でもうまく売れなかったりとか、毎年毎年新しいお客さんを探さなきゃいけない状況があったりしていたんで、なんとか継続的に美味しいコーヒーを作ってもらえるようにできないかなという思いがありながら帰国したんですよね」
8トンを先に購入してしまったという彼のエピソードは、志半ばでエルサルバドルを去ることになってしまった生産地への思いが強くあったのだろう。しかし、この豆がきっかけで、COYOTEの現在の業務の一つであるエルサルバドルのインポーターとしての道が開かれていく。
「元々僕たちはコーヒーロースターをやりたかったので、生豆を積極的に売ることは考えてなかったんです。でも僕たちからコーヒーを買っていただいていた他のコーヒーロースターさんが生豆をすごく気に入って使っていて、来年も使いたいと言ってくださったり、紹介で欲しい人が増えてきたりしたんですよね。
生豆をロースターさんに届けるインポーターとしての仕事もすごい需要があるなって感じたんです。届ける際に、僕が生産地のことを直接話せることにも価値があることを感じました。
僕らが直接仕入れたコーヒーを生豆としてロースターさんに販売する、かつ僕たちはロースターとして自分たちで焙煎した豆を他のコーヒー屋さんに売る。自分たちのカフェでは、お客さんに直接飲んでいただいたり豆を販売する。エルサルバドルのコーヒーだけを使いながらもコーヒーの川上の方から最後の方まで全部自分たちでやるっていう形態が徐々に徐々に確立されていったっていう感じですね」
COYOTE=中間業者としてのアンチテーゼ
生産地へいくと必ず「なぜCOYOTEなんて名前を付けたんだ?」と聞かれるそうだ。そもそもコヨーテは北アメリカに生息する狼に似たイヌ科の動物。しかし、中南米ではコヨーテのずる賢さから「中間業者」や「ブローカー」という意味で使われている。コーヒー業界でも、農園はやっていないけれど生産地からコーヒーを買い、輸出業者やバイヤーに転売してその仲介手数料をもらう人のことも「COYOTE」と呼ばれている。
「“COYOTE”は、確かにネガティブな言葉として使われている言葉です。でも僕たちは、直接全部生産者とやり取りをしていて、僕が全部行ったことのある農園からコーヒーを仕入れています。かつ自分たちで焙煎もしてお客さんに届けているので、コーヒー屋さんの中では限りなくサプライチェーンが短い形でコーヒーの仕事をしている。
でも生産者と消費者の間を見た時に、僕たちが何よりの“中間業者”なので、いかに“いい中間業者”になるか。コーヒー業界では、生産者と消費者だけでは成り立たないから、健全なサプライチェーンとして中間業者は絶対に必要な存在だと思っています。でもその中身を良くしなければといけないよね、と思っているので、そこに対するアンチテーゼじゃないですけれど、そんな意味で“COYOTE”という名前を付けました」
いいCOYOTEになるために。それは生産者と消費者の架け橋として美味しいコーヒーを健全な流れで届けたいという門川さんの思いが込められている。
COYOTEの目指す未来
「大きな目標は、1軒の小さなコーヒー屋さんと1つの産地が共に成長するモデルケースができたらいいなとずっと思っています。でもいろんなコーヒーの産地を扱っていたらやっぱり難しいと思うし、こうやってダイレクトトレードしているからこそできることだと思うんです。今、まだ僕たちは買いつけるという、こっち側の方向しかできていません。
僕たちが利益を頑張って生んで、その分を産地に還元するところまでをやりたい。店舗を増やして、オンラインも頑張って、企業として成長していくことは当たり前ですけど、最終的にその結果、産地がこんな風に良くなりました、というところまで見せることができないと意味がないと思う。そこを具体的に取り組みたいし、今の一番の課題目標ですね」
門川さんの見つめる先には必ず生産地がある。生産地に貢献するためには、COYOTEを拡大する必要がある。使うコーヒーの量が増えればイコール輸入量が増えるということ。
「いいものだけを取り扱うのは難しいし、産地に対しての負荷も大きいんですよね。ある程度の規模でやることによって、その産地で買えるコーヒーのクオリティの幅も広げることができる。時間がかかるとは思っているけど、将来的なことを考えるとやっぱり僕たちは拡大しなればいけないし、自分たちでコーヒーを消費できる環境を増やしていかなきゃいけないと思っています」
一杯のコーヒーの美味しさに込められたもの
「コーヒーって何気なく飲んでいる飲み物だと思うんですけど、その1杯がなんとなく日々のちょっとした幸せだったりとか、気分転換になったりとか、人の気持ちに関われる飲み物。コーヒー屋さんはそういう意味ですごく人間的な接点が多い場所だなと思う。その場所を提供できているのは、僕らにとっても幸せなことだと思っているし、コーヒーは本当にいい飲み物だなって常々思いますね」
エルサルバドルの風土と、コーヒー作りに関わるすべての人々の愛情と本気。一つ一つの豊かな物語を知るとコーヒーは、もっと美味しくなる。
「自然の力と人間の努力が合わさって、初めて美味しいコーヒーになるっていうところが、コーヒーの好きなところです」
彼の言葉は端々までコーヒーへの愛であふれていた。
ちょうど、京都へ仕事で訪れる機会があったので、京都駅から歩いてすぐに位置する「COYOTE the ordinary shop」を訪れた。その日のコーヒーは浅煎りの「EVER DIAZ PACAMARA SEMI-WASHED」。1300-1400メートルの高地にあるEVERさんの農家で作ったコーヒーは、甘い芳醇な香りが立ちのぼり、口に含むと酸味と華やかさが広がり、しみじみと美味しかった。一杯のコーヒーに詰まった物語を想像しながらいただくコーヒーは、立ち上る湯気までなんとなく愛おしくなった。
Text:Tomomi Sato