子どもたちがたくさんの選択肢を平等に感じられる世界へ

2024.07.26 国内起業

生まれ育った環境に関わらず、 子どもたちが自分の未来に 希望を持てる社会を作る 一般社団法人チョイふる 代表理事 栗野泰成

2015年に採択されたSDGsの1番目に掲げられた「貧困をなくそう」という課題。実は、貧困は開発途上国に存在する問題だけではなく、日本もまた相対的貧困率の高い国であるといわれている。

そもそも「相対的貧困」とは何か。命に関わる貧困とまではいかないが、国の生活水準と比較して困窮している状態のこと。親の経済的な困難が、子どもたちにもさまざまな影響を及ぼしている現実、そして見えづらい子どもたちの貧困に社会はもっと目を向ける必要がある。

自身も困窮家庭だったという経験から、子どもたちが経済的な問題によってスタート地点に並ぶことができない不平等さや違和感を実感してきた。相対的貧困状態で暮らす200万人の子どもたちが「チョイス=選択肢」を「ふる=たくさん」得ることができるように、機会格差を減らすために立ち上がった一般社団法人チョイふるの代表理事、栗野泰成さんに話を聞いた。

自分の環境を変えるために選んだ道、青年海外協力隊

「自分自身が困窮家庭に育ってきたこともあって、昔から社会に対して公平ではないという違和感を覚えていました。そんな時にたまたま、海外を放浪しながら居酒屋で楽しく働いていたおっちゃんに出会い、彼がJICA海外協力隊のことを教えてくれました。こういった生き方もあるんだよって。それがきっかけで、自分の環境を変えるためにも応募してみようと思いました」

教師という職業に就きながら、既存の枠組の中で子どもたちに自分ができることが少ないと感じていた。もっと何かできることがあるはず、そう葛藤していた中での新しい選択肢が、JICA海外協力隊だった。

2014年度2️次隊エチオピアの体育隊員としてアムハラ州に派遣された栗野さん。州のスポーツ委員会に所属し、スポーツを通じて教育の普及活動を行う業務に従事。大変な子どもたちを助けたい、その原動力でやって来たエチオピアの地。しかし、理想と現実のギャップに直面する。

「実際に行ってみると、首都のアディスアベバはとても発展していて、あれ?自分にできること、本当にあるのかな…と不安になったのが1番最初の思い出ですね(笑)」

壁を超えた先に見える世界

「初めはやる気に満ち溢れていたので、せっかくここで2年間活動するからには、たくさんの子どもたちに教育の機会提供をしたいなと思っていました。でも活動していくうちに、“外国人が来て色々言っているけど、何がやりたいのかよく分からない”と現地の人に言われたりしてなかなか協力者が増えなかったし、むしろ陰口を言われて、だんだんモチベーションも落ちていったんですよね」

JICA海外協力隊に行く隊員がぶつかる壁。理不尽な経験はその代表的な一つ。しかし、彼らの本当の活動はそこから始まるのだ。

「何のためにエチオピアに来たんだろうって一時期は考えてしまったこともありました。でもその後、自分の中でも切り替えて、今できることをしようと。そこで、自分が派遣されていた場所だけじゃなくて他の地域の隊員と協力をして、国立競技場で運動会をやってみたり、サッカーイベントをやったりと、自分ができること、影響を及せる範囲でやれることをやっていたらチャンスが広がって、やれることが広がっていった感覚がありますね」

2年間の活動の中でできることは限られているかもしれない。現地にとっても自分にとっても。それでも、そこで挑戦したことや成功体験の積み重ねは、どちらにとっても新しい風を吹かせたことは確かである。

「JICA海外協力隊に参加したことがターニングポイントだと思っています。大学生の時は、社会に対して諦めの気持ちが強くて自分なんか生きている意味あるのかな、と考える機会が多かった。でも帰ってきてからは自分にできる範囲は広くて、まだまだやれていない部分が多いし、やりたいことも多いので人生に対しても社会に対してもポジティブな見方ができるようになりました。

そして、やっぱり課題解決をしないとやっている意味がないとすごく感じた。やっているふりをするのは簡単だけれど、ちゃんと課題解決するために本質的な解決策って何だろう、と考える癖がついたのは任期中に学んだことです。

JICA海外協力隊としてエチオピアに行く前までは、他責思考で、社会が悪いから自分はこういう環境にいるのだと思ってしまっていた部分がありました。でも、帰ってきてからは自分の責任で、自分がやればやるだけ環境が変わることを実感したので、考え方が本当に変わったと思います」

会社員生活と平行して始めた挑戦

エチオピアから帰国後、栗野さんは会社で働きながらチョイふるの前身となる事業を立ち上げる。子どもたちに平等に教育機会を提供するにはどうしたらいいか、とにかく走りながら考えた。

「機会格差というところで、生まれ育った環境によって人生が左右されてしまう現実があると思います。その解決策としてやっぱり教育の機会や、子どもたちを取り巻く家庭環境を整えることがすごく大事だと思い、事業をスタートしました」

最初は、つくば市で海外からの留学生が子どもたちに運動を通して英語を教える事業を始めた。低料金や無料で提供していたものの、参加者は情報感度が高い親子であり、自分たちがリーチしたい困窮家庭の子どもたちには提供できなかった。結局、このような教育機会の情報を得て、アクセスできる人は限られていて、このまま続けていてもむしろ格差を広げる側になってしまう危機感があった。そうして、この最初の事業は一旦畳むこととなる。

「こちらからどのように困窮家庭にリーチしていけるかを考えた時に、1番緊急性が高くてニーズの高い食料支援から始めようと。且つ、こちらで待っているだけではなく、ご自宅まで食品を持っていくことで今まで既存の支援と繋がっていないご家庭との繋がりを作る、というところからこのチョイふるの活動が始まりました」

平日は会社で働きながら、週末は活動を行う日々。不安がなかったわけではない。

「本当にお金も何もない状況だったので、友達に食料支援をするための食品の仕分けの場所と軽トラックを借りて、その軽トラックの荷台で食品の仕分けをしてそのまま配達することを1人で始めました。

そこからやっていくうちに、そんなにちゃんとやるんだったら協力するよ、とお米を寄付してくれる方や、ボランティアをしてくれる方が増えていった。最初の立ち上げの時は地域の人にも結構怪しがられていたんですけど(笑)。でも本当にやるなら手伝うよ、と協力してくださる方が増えてきたかな」

栗野さんの真剣な姿に周囲の人や地域の人が少しずつ、協力の手を挙げてくれるようになっていった。子どもたちのために、今できることをしよう。彼のたった一人の活動がさざ波のように周りの人へと伝達していく。

チョイふるの本格始動

3年間、二足の草鞋を履きながらの活動期間を経て、チョイふるに全力を注ぐことができるようになる。チョイふるの本格始動。

「チョイふるの事業としては、3つの事業を行っています。1つ目が食料支援事業、2つ目が居場所の提供事業、3つ目がつなぎケア事業というもの。ビジョンは、生まれ育った環境に関わらず全ての子どもたちが、自分の将来に希望を持てる社会を作ること。

ミッションは、本来たくさんあるはずの選択肢を少しでも身近にすること。既存の支援制度やサービスを活用できないことで貧困状態から脱せないことが多いので、少しでもその既存の支援制度を活用できるようなサポートをするために、食料支援や居場所の提供を行うことで繋がりを作れるようにしています」

栗野さんが自身の経験を通して感じ、考えてきたことの中に、選択格差があるという。子どもたちが、貧困によってさまざまな機会を諦めないための既存の支援制度がある。例えば、無料学習教室や奨学金制度など。

しかし、その制度を知らないことで活用できる機会を失っている。そして、活用できる人とそうでない人の間でさらに格差が生まれている。家族や子どもたちがその情報にリーチできるように、そしてその制度を活用することができるように、選択格差を解消し、皆が平等に同じスタートラインに立てること、それがチョイふるの最終目標だ。

「今の世の中は、生まれた環境によってはスタートラインが1歩も2歩も後ろに下がっている状況なので、同じ徒競走のゲームをやるにしても本当に不公平なルールの中で戦わないといけない。だから、スタートラインを揃えるところをゴールとしてこの活動をしています」

日々の活動の積み重ねの先に

「居場所に来ている子たちも最初はすぐ帰りたい、と言う子が多かったのですが、だんだん通い慣れてくるうちに、本当に家にいるみたいに過ごしてくれるようになって、また来たいとか、帰りたくないとか、たまに自分から学校のことや家庭環境のことをぼそっと言ってくれたりする瞬間は、信頼関係が構築できて本当に良かったなと思います。そういった積み重ねは、すぐに目に見えて分かりやすい成果が出るわけではないと思うけれど、その“積み重ね”が必要だと思います。

こちらが何かを劇的に変えることはできないですが、その環境を用意すること、その子どもたち自身が変わるきっかけを作ること、まずはそこをやり続けることが大事かなと思っています」

日々の活動は、いつか子どもたちの未来につながる小さな一歩だ。それは、今はすぐに見えない形かもしれないけれど、きっと子どもたち自身がここに来ていたことを「本当によかった」と思う日が必ず来るのだと思う。

チョイふるが見据えている未来のチョイふる

「今やっていることの延長ではありますが、民間版のこども家庭センターを作りたいと思っています。何かと言うと、ワンストップでこの場所に来れば子育てに関する悩みなどが解決できるような場所です。まずは今やっている足立区から作ることで、そのモデルを各都道府県と組んでカスタマイズしながら全国に広げていきたいと思っています」

地域の人々と共に、子どもたちを見守ることができるような環境を作っていくこと。そして、子どもたちが皆、本来あるはずの選択肢を持ち、平等にスタートラインに立つことができる未来を作る。

それは、いうならば子どもたちの「夢を持ち、将来を選択する権利」を守ることだ。

優しい眼差しの奥に強い意志を感じさせる栗野さんが語る、子どもたちへの想い。「子どもファーストで、子どもたちにとって最大の利益になるための活動かどうかを常に判断基準として置いている」、彼の力強い言葉を聞きながら、チョイふるの確かな存在意義をかみしめると同時に、すべての子どもたちの明るい未来を願わずにはいられない。

Text:Tomomi Sato

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